白紙ノート

20代後半にさしかかってもなお日々もがくさまの記録

最低限度の生活とは

25歳の若者が最低限度の生活を送るには地方都市でも月22万円が必要 道労連の調査に「この試算に合わせて最賃を見直して欲しい」の声(キャリコネニュース) - BLOGOS(ブロゴス)

このニュースを見て、首都圏で1人暮らしをしている私としては給与明細と家計簿を見返さずにはいられなかった。あれ、私そんなにもらってるっけ?という感想が第一だったからです。

◎暮らすことはできる

そもそも、手取りなのか額面なのかは分からないので、ここから税金などが引かれていくのを考えるとたしかに22万だと手取り18万切るくらいになり、大変なのかもしれない。しかし30万くらいもらってても控除で20万くらいまで手取りは減ります。

とはいえ、1年目は手取り18万もなかったけれど貯金もしてました。というか自然に貯まっていた。

ざっくりでいくと家賃と光熱水費、7万。食費3万。交際費2万。通信費1万。服飾費・趣味2万。あわせて15万、こんなもんでした。

◎実態としては

よく飲みに行く友人も休日はツタヤとブックオフを行き来しており、財形やらなくてもお金が自然に貯まると話していました。私もコンビニに寄ることがまったくなく、飲み物も家からお茶を入れて持っていくくらいなので自販機で買うこともなく、お弁当持参の日は財布の出番がない日もあり。そんな生活が果たして最低限の生活なのかは分かりませんが…化粧品も服もお金かけてないし…。周りが派手な生活をしているとミエとか付き合いとかでお金がなくなる可能性はある。

◎ボーナスがない人だったら

この記事を読んでいくと最低賃金の話につながっていますが、アルバイトとか契約社員のようなボーナスや手当がまったくないことを前提にしているのでしょうか。そうだとすると、たしかに生活は難なくできても、いい家電を買ったり、旅行にいったりするのは難しいかもしれない。

◎貧乏と貧困の言葉の差

閑話休題、似ているこの2つの言葉。この2つは受ける印象が違うなと思っています。貧乏というと貧しいながらも楽しい我が家、という言葉のようにお金はないなりに工夫して楽しく過ごしているイメージが浮かぶ。貧困は、本当に頼るところもなく、孤立しているイメージ。言葉の差はどこまであるか分かりませんが、貧しくても生活基盤があり、頼れる人がいる、くらいだとなんとかなるのかもしれません。

◎生活基盤の手助け

1人暮らしにしても、最低限の住むところや衣服が与えられていれば生活をスタートできます。自分もそこのところは家族に頼ってスタートしました。しかし頼るところがない場合、まずスタートに立てない。またどこかで仕事が途絶えると『信用』がなくなり、家が借りられなくなる。病気で働けない人には生活保護はあって然るべきではあるけれど、お金をあげるよりそういった基盤を提供してあげる方がいい人もいるのではないか(失業してしまった人など)。

 そりゃあお金はあればあるほど困ることはないだろうし、お金を使った分だけ経験できることも変わってくる。月22万ももらわなくても生活できるわ!なんてことを言いたいんじゃないのです。お金をそれだけばらまけばいいのではなく、セーフティネットとか社会の仕組みを変えることも考える必要があるんじゃないか、というところに思いを馳せたのでした。